太極拳とカンフーのブログ『天天練功夫』

ある指導者の、あれこれ武道に関する日記です

怪談!?武術家の母の ❝怖~い話❞

 

中国武術家の母親の怖い話、徐言偉ブログ

今週のお題「怖い話」より

 

夏といえば❝怪談❞ですが、私は幽霊より人間の方が怖いと思っています。

そして怖い人間といえば、私にとって父より〝母〟でした。

 

母は私の父と同様、中国の武術家です。

若い頃に父と出会って武術を始めましたが、生来の負けん気の強さでメキメキと腕を上げ、父との結婚以降、父と親族の武術の功績を支える存在として君臨しています(経歴は最後に掲載)。

女性は何処の国でも強く逞しい存在だと思いますが、中国の女性は、又は母親は非常に強いという印象をお持ちの方もいると思いますが、母もその例外ではありません。

 

「母が怖い」というエピソードを上げてみます。

 

 私が5歳位の幼稚園時代の話です。

隣の家が大工さんだったのですが、遊びに行くとカンナで削った木屑が沢山落ちていて、クルクル巻かれたそのカスがとても綺麗に見えて、なぜか興味本位で火を点けたらどんなんだろうと思い、何を思ったか火を点けてしまいました。

すると当然の如く火は次々と木屑に燃え移り、ゴウゴウと辺りが燃え始めました。

これは本当にゾッとする話なのですが、この時は私が泣いて大人に訴えたため直ぐに消火され、幸いにもボヤで済みました。

しかし危うく大火事になるところでした。

そしてこの時、母にこっ酷くこっ酷くこっぴど~く、叱られたのを覚えています。

母は相当びっくりして、どう私に伝えたら良いのか困ったのでしょう。鬼の形相でした。

(しかしこの時は総出で回りの大人達に叱られましたが😅)

 

私はそんな母が怖く、余程自分は悪いことをしたと自覚しました。

子どもにとっては悪気はなかったのですが、これは本当に「怖い」行為ですよね。

怪談?!中国武術家の母の話、徐言偉ブログ

また 同じく幼児の時の話ですが、その頃の私は近所の子どもの間で〝大王〟と呼ばれる悪ガキで、気に入らないことがあるとジャイアンみたいにその辺りの園児をやっつけて回っていました(今思うと私本来の気性だったのか、何かストレスがあったのかは分かりませんが、お恥ずかしい話です💧)。

当然、殴られた子の親から私の両親の元に苦情が来るのですが、その後が大変で、この時は藁箒で母親にお尻を何度も叩かれたのを覚えています。

ズボンの上からとはいえ何度も叩かれたのですから、やはり痛く、母は相当怒っていました。

私はというとギャーギャー泣き叫び、その後もう二度と友達を殴ることはしなくなりました。痛さより怖さが半端なく、もう二度としません!と思い知らされました。

(今考えたら〇待に当たると言われそうですが、当時はそんな概念も無く、多分周りの躾意識もそんな感じでした。)

 

ですが叩かれたのはお尻であって、頭は叩かれなかったので、その辺りは母も考えていたのだと思います。

 

 また他には、武術の練習をサボった時や学校に遅刻したり、いい加減なことをした時などに、やはりよく叱られました。これはまあ、若い時なら皆誰もがあることだと思いますが、

しかし叱る時以外はとても優しい母でしたので、自分が悪いのは自覚していました。

 

 (▼若い時の母、欒孝娟(ラン・コウエン)。可愛いと思いますが、父はこの写真を指していつも「騙された!」と冗談を言います、笑)

中国武術家の母親の話、徐言ブログ

小さかった私には怒っている時の母は相当怖かったんですが、 親からしてみたら元気の良すぎるやんちゃな男の子を二人(私と弟を)育てるのは大変なことだったと思いますし、箒でお尻を叩くのが良いことだとは絶対言いませんが、大人になってみると叱られて当然の行為が多かったと納得しています。

 

ですが最近、叱らない大人もいると聞きます。

例えば、子どもが電車の中で走り回っていて、他の人に迷惑を掛けていても叱らない親御さんを結構目にしますが、そうした時はこの子ども達は大人になってから大丈夫かなと思ったりします。

そんな時は代わりに注意したりするのですが(または私より先に私の連れ合いの方が注意することも多いのですが💦)、

親御さんに嫌な顔をされるのは、仕方のないことでしょうか。

 

 でも、本当は「厳しさ」というのは大切なことなんですよね。

感情的にならずに適切に伝えないと、受け取る子どもにとっては難しいこともあるかも知れませんが、適切に厳しく物事の善し悪しを示すことは〝優しさ〟 でもあると思うし、

時には厳しい愛情を持って子どもを育てないでおくと、物事の道理が分からない無機質な、又は放埓な人間に育ってしまうことにもなり兼ねないのでは、とも思うのです。

厳しさを適切な形で知ることで、子どもの方も本当に大切にされているのだということを成長と共に無意識に覚えていくのでは、とも。

少なくても、私の場合はそうでした。

(でも間違った厳しさの表現、又は大人の ❝エゴ❞ の厳しさでは、愛情も中々伝わらないと思うので、これは本当に難しいところでもあるのでしょう。)

 

だから、完璧ではなかったとしても、厳しかった母親に今はとても感謝しています。

 

そしてそんな母は、何事に置いても遠慮して身を引いたりすることもなく邁進し続ける強い人ですが、どんな時にでも周りの人々に親切で優しく、とても慈悲深い人でもありました。

中国武術家の母親の話

 

 その母は75歳を超えた今なお、毎日数時間の武術の練習を欠かさず行い、近所の子ども達にカンフーを教え、また熱心な仏教徒として早朝4時には起床してお経をあげるビーガンのベジタリアンでもあるという、非常にストイックな日々を送っています。

 私にとって怖かった母親は、自分自身にとっても大変厳しい人であり、私から見れば矛盾することなく自他の心身の鍛錬に生き抜く、素晴らしい女性なのです。

 

なので、やはり

〝一生お母さんには敵わない〟と、感服してしまいます。

(でも言っときますが、マザコンではないですよ、多分。笑)

 

そして余談ですが、そんな母に物怖じせずに対応する日本人の私の嫁は、やはり中々の強者です。

女性はどの国であっても、いつの時代も怖い、、、いえいえ💦「逞しい」ものですね。

 

ということで、さして怖くない、母の怪談?話でした。

 

個人的な内容となりましたが、最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

暑い毎日ですが、どうぞご自愛してお過ごし下さい。

謝謝!

女性は強いという話、徐言偉ブログ

 

欒孝娟(ラン,コウエン) 経歴:

 

18歳の頃から徐其成について武術を習い、プロ選手として活躍。

上海体育大学全国プロフェッショナルコーチ育成コース卒業。

国家高級監督、国家一級審判員。

現職は、遼寧省武術館主任監督、丹東市少林秘踪拳研究会名誉会長など。

 

1960年~ 遼寧省、市武術競技会にて、拳術3種目優勝、剣術、形意拳、四路奔打拳、八仙剣、形意拳3種目、風魔掌優勝など。

今もなお沢山の競技大会に出場し、今まで獲得した金メダルの総数は100枚以上に上る。

1971年から、瀋陽市武術チームの監督に就任、現在は引退。

指導期間中において、指導を行った選手達は個人種目にて計400個の金メダルを獲得、団体では約200回優勝の成績を残す。

中国民間武術家名典、中国伝統武術10人の優れた指導者、瀋陽市の10人の優れた指導者に選ばれている。

 

▼良かったら、ポチっとお願いします! 

にほんブログ村 格闘技ブログ 中国武術へ

ブログ村